ピエタ。

リンクさせて頂いている獏29番さんの『Clock Work Rose』のある記事の冒頭、面白い考察がありました。

黒の教団アジア支部は、謂わゆる“黄泉の国”に該当するモチーフではないかと。
神田の9年前からの生い立ちを思い返せば、なるほどの説得力です。


私の方は、劇中とみに存在感を増してきたヴァチカンが気になりまして。
総本山のサン・ピエトロ大聖堂の検索で、所蔵の“ミケランジェロの「ピエタ」”が出てきました。
このイメージ、第59夜のアレンの夢のシーンと重なって見えるんですよね。
彼の夢の世界と湖面を境に繋がっているかのようなもう1つの世界。 
瓦礫の上で“誰か”の遺骸を膝に泣いているリナリーの姿。

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そんな事が頭にあって「黄泉の国」の話を聞いたため、此処は神田だけでなくアレンにも当てはまるかな?と思いました。
肉体とイノセンスと、二重の意味での臨死体験と復活の地。
語源は「黄泉(よみ)」から「還(かえ)る」ということで「蘇(よみがえ)り」ですから。


聖書のキリストは 墓所となっていた岩屋の入り口を自ら開けて復活を果たす。
ここがちょっと 封神の岩のバリケードを自分で開けて前に進むと言っていた場面を思い出します。

そして出現したクラウン・クラウンの姿は、キリスト復活を告げる為に現れた純白の衣の使者のイメージもありますかね。


これまでアレンを“救世主キリスト”になぞらえる見方にあまり興味は湧かなかったんですが、これは考えざるを得ないのかな。
もっとも、師匠のクロス・マリアンを 救世主の産みの親=聖母マリアの立場とする考察を番外編でしてるんで、アレンがキリストポジションに来ない方が不自然ですが。

アレン本来の人間的なキャラクターはさておき 少なくともその立ち位置からまあ、そういうことに。



ここんとこやたら聖書づいてますが、今月第208夜のズゥと神田のやりとりを見ていると、ことさらあの一節を思い出すんで。
「あなたがたの中で罪のない者が、まずこの女に石を投げつけるがよい」 (ヨハネによる福音書第8章7節)



さて、アレンのイノセンスはアポクリフォスの一部で出来ているという推測で話をしていますが、
もしそうなら いずれ適合者ごと自分の所に戻るのが当然と考えているかのようなアポクリフォスの言動も
そう突飛なものではないですよね。

アポクリフォスは第一にハートの守護者であるイノセンス。
となると、アレンもやはり将来合体するかはともかく 元々そういう使命を担った存在なのでしょう。
アレンの夢とリナリーの夢が繋がっていたというのは、やっぱりリナリーがハートだからなのかな?
なんて今頃考えてます。

リナリーのイノセンスが結晶体化して 「エシ戦」の時、「江戸スッカラカン」の時と 彼女を二度もガードしてくれたけど、本気を出して迫ってきた伯爵には易々と入り込まれてしまった。あそこですかさず助けに現れたのはアレンでしたし。
ハートの守護者のイノセンスも、その大役を果たす為には簡単に適合者を死なせるわけにはいかないので、アレンはその特別な立場上守られているってことかなあ。

そしてピエタ像の聖母マリアは救世主の産みの母ですが、イノセンスの関係上はリナリーのイノセンスからアレンのイノセンスが派生したということにもなるでしょうか。
(全てのイノセンスがこのハートから生じたのかも知れないですが)



今回またもや話がポンポン飛んで、済みません
古ネタばっかりだし、ひょっとしてもう出尽くした話題だったかも・・・(汗)



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