第236夜「A.Wに別れを告げる・赤腕とピエロ」②

「カルマ」
日本語訳は「業(ごう)」。 
「業」というと日本では通常 悪い場合に使われるが、元の語に善悪の意味は入らない。

「サンスクリット語では「行為」、または行為の結果として蓄積される「宿命」と訳される。」 コトバンク「カルマ」より)
「インドでは業は輪廻転生の思想とセットとして展開する。」wikipedia「業」より)


[アポクリフォス]  カルマにより結びついたか

マナと赤腕少年の様子を遠くから眺めながら、特に驚きもなく当然といった面持ちでうそぶくアポクリフォス。
人と人との“魂の絆”がキーとなるこの世界、「(復活を遂げたネアが)必ずマナの傍に現れる」と予言された根拠はやはりそこだったんですね。

そして「カルマ」といえば「アルマ(=カルマ)」を思い出さざるをえませんが、きっと偶然じゃないですよね。
アレン(ALLEN)とマナ(MANA)との出会いもまた、アルマ(ALMA)編の二人のようにはるか過去の因縁がもたらした必然だったということ。


この第236夜はいろんな意味で 「名前」が気になった回でした。




▽ 本編


● 伯爵がくる

雪の朝、ピエロ姿のマナは 木の根元で冷たくなっている愛犬のアレンを発見した。
マナはその場にへたり込み両手で顔を覆いつつも、「悲しんではダメ」と必死で自分の感情を抑え込もうとした。
泣いちゃだめだ 悲しんだらがくる

だがマナの脳裏にアレンと出会った日の記憶が蘇ると、上腕部から容赦なく無数の“羽根”が噴出し、影はみるみる不気味な伯爵の姿を形成していく…

マナはそれを何とか気力で抑え込んだ。
「僕は悲しくない!」 「アレンは還ったんだ」 「そうだよねネア」
「すべての命の根源… 螺旋のなかに還った」  「きっとそこで探してた大好きな人に会える…」 
「よかった よかったね」 「よかった…」


マナがこんなに強い心の持ち主とは思いませんでした。 想像していたよりはるかに感情豊かで思考もハッキリしていて。

事情を知らない人が見たら 「よかったね」と叫びながら死んだ犬を埋めているピエロなんて、狂ってしまったとしか思えないでしょうが…  少なくとも今回を通して、そういったマナへの誤解は解けました。

彼がギリギリまで追い詰められても 「伯爵」に自分を明け渡すまいと闘っている姿には胸を打たれました。
“まだどこかで生きている弟”の存在が、最大の心の支えであったことも。

けれどここの描写(体内から湧き出す着ぐるみ材料?)を見る限り、「千年伯爵」はマナの肉体にすっかり根を下ろして分かち難いもののようです。 油断すればあっという間に呑まれてしまいそうな…
「悲しんだら伯爵がくる」は誇張でもなんでもなく切実に、彼の日常と隣り合わせの脅威だったんですね。


前回は 赤腕少年の記憶を操作しているアポの描写がありましたが、この様子ですと多分マナの方も同じことをされていたのではないでしょうか? 
“弟や母さまの死”という絶望の素を抜き去り、彼が「千年伯爵」にやすやすと捕まらないように…。

ただ大きな疑問点は、クロスの指摘もあったように 今ここで「千年伯爵になれない」状態のマナを倒すのが一番手っ取り早いはずですが、イノセンス陣営は 敢えてそれをやらず泳がせているんですよね。 
(もっと言えば、ノア仲間も恐れる実力を持ったネアの方(赤腕少年)もでしょうが、彼はまた別の利用目的もあったようなので)


[アポクリフォス]  「おまえはその子に滅ぼされるのだよ   千年伯爵」

この発言からは、やはり過去の記憶を消した二人をわざわざ引き合わせ、相手の正体を知らぬままの殺し合いという「悲劇」を楽しもうと? しているようにしか思えませんね。 
それがあのマナの墓前でのAKUMA破壊だとすると、そのシチュエーションに落とし込むためには 新たに親子の絆が築かれた後の「マナの死」も、彼ら(イノセンス側)の演出だったことに…

そんなことを企てるイノセンス側にどんな事情があるかは分かりませんが 本当にそうだとしたら酷い話です。



● 犬の名は

「アレン」はマナと知り合う以前から サーカス芸を仕込まれた捨て犬だったことが分かりました。
うなだれて雨に打たれているみすぼらしい姿に自分の境遇を重ね、深い同情を寄せるマナ。
犬が慕っていた主人を待ち続ける心に理解を示し、「一緒に(会いたい人を)探しましょう」と声を掛けます。

マナは動物を相手にしても、可哀想だから拾ってやるとかいうような上から目線が一切ないんですよね。 そっと気持ちに寄り添おうとするだけ。
最後に犬が死んでしまうと、ここまで一緒だった自分のことは二の次で 「探してた大好きな人に会える… よかったね」と。
本当にどこまで無償の愛を差し出すことができる 優しい人なんだろう (´;ω;`)

…と、ここまで見てきますと、犬の「アレン」という名は、マナがつけたものではないですね。
犬をいたわる心がある彼なら、元の飼い主との思い出が一杯詰まったその名を 勝手に変えようとはしないでしょう。



● 幻影と邂逅と

発作は治まった。 マナはアレンを埋葬してやりながら ネアとの誓いの言葉を思い出し、「歩き続けるよ キミに会うために…」と ふり絞るように呟いた その時。
「会えるさ」
と、まるで目の前にいるかのようなネアの声を聞き バッと顔を上げるが、そこには誰もいなかった。
だが次の瞬間 マナの背後から
「死んでんの?」
と少年が声をかけてきた。

そこから始まる二人の会話。
少年は始め、大切な相棒の死に何の感情も示さないマナに落胆し不信感を抱くが、すぐそれが偽りの仮面であることに気付く。
マナもまた、少年と話すうち 自分が知らない所でアレンとこの子だけの幸せな時間があったことを知る。
犬の墓前で号泣しだした少年を いとおしそうに抱きしめるマナ。 「ありがとう アレンの為に泣いてくれて…」
“アレン”の名は 大きな腕の中の温もりとともに少年の凍てついた心に深く染み入った。
そのまま泣き疲れ眠り込んでしまった夢の中、彼は金色の野に立つ「白い木」と出会う



ネアの声を聞いた(と思った)瞬間 マナの背後からあのセリフとともに赤腕少年が現れた場面はちょっと鳥肌が立ちました。
因縁の相手の存在をふと間近に感じたとたん、“本物”が現れるという構図…
冒頭で触れたように、アルマ編によく似た描写が アレンとマナ間にも意識的に差し込まれている気がするんですよね。

“今になってみれば”ですが、逆パターン(マナ⇒アレンではなく アレン⇒マナ)で こんな類似シーンもありました。

hikakuA.png
(コミックス20巻 第190夜より)

hikakuB.png
(コミックス23巻 第212夜より)

現れた幻はどちらも、ユウやアレンの記憶には無かった 「大事な人」の過去の姿でした。
それを思わず追おうとして、に落ちる(落ちかける)。


こうもそっくり描写が続くと、脳移植の結果だったアルマ編の二人の関係と似たものを、アレン(ネア)とマナの間にも期待してしまうのですが…  

まあそこまで先走るのは いずれ機会を改めまして。



● その名を呼ぶ

「魂の絆」ができた人間同士なら、放っておいても必ず巡り合えるものでしょうか?
少なくとも AKUMA誕生の際に必要とされる「魂召還」には、絆の存在に加え 呼び出す側が相手の名を呼ぶことが必須条件でしたね。

アルマ編の二人は生きた脳を別の器に移したので 厳密には「生者と死者」ならぬ「どっちも生者」ですが(一旦それは置きまして)
アルマがユウを目覚めさせることに成功した陰にはアルマの「日課」が大きく貢献していたと思われます。
つまり 彼が毎朝胎中室に出向き、まだ眠っている仲間一人一人に向かって名前を呼んでいたというあれ。

その結果アルマの声に反応したのはユウ一人でしたから “絆による召還”はここ(生者同士)でも有効だったと看做しますよ。

さらに忘れてならない注意点として、儀式上 呼ばれるのは“正しい名”でなくてはならない。
アルマは「ユウ」を呼び出せましたが、この名は呼ばれた当人が自分のものとも認識していなかった 新しい肉体につけられた新しい名前でした。 
これ、きわめて重要な箇所と思うのですよ。


では、マナと「アレン」の場合はどうだったでしょうか?
(そう、「ネア」ではなくて新しい呼び名は「アレン」のはずです。)
まず双方が過去の記憶をなくしているのはアルマ編と同じ状況ですから構わないとしても、マナは求める相手がまだ生きている(=古い肉体名のままの「ネア」)と思い込んでいる…  ここがネックですね。

そこでおそらく一計を案じたイノセンスサイド、マナの傍に“その名”をつけた犬を宛てがうという発想に出たんじゃないかと…
(全てがシナリオ通りとしたら、犬の元の主人の死やらひょっとして“役目”を終えた犬まで…? あまり考えたくないですね)

マナは「ネア」のことが頭から離れませんが、犬と一緒に暮らすようになれば その名「アレン」も自然と毎日口にするわけで。
つまり、マナ本人が知らぬ間に「召喚」条件が整えられていたということでは?


※ ここから先はまだ本編には出てこない小説版の顛末に関する話ですが、思い付いたので忘れないうちに…


本人(「アレン」)の呼び出しには成功しましたが、まだ仕上げがあります。 
名無しの少年は名実ともに「アレン」にならなくてはならない。


小説版では赤腕少年が激情に駆られてマナを殴ってしまい、そのあと別れ別れになりますが 一晩経って再会した時にはすっかりマナの様子がおかしくなっていた、ということでしたよね。
あれほど大事だった「弟」の存在すら忘れ、目の前の自分を犬と混同して「アレン」と呼ぶ始末。
そうなってしまったのはマナを傷つけたオレのせいだと後悔した少年は、「アレン」となってマナに付いていく決心をします。

この場面のマナにも、アポクリフォスの記憶操作が働いていたとしたら 完全に思う壺では?
そして君が責任を感じて何もかも背負い込まなくても良かったんだよ アレン~!!!( ノД`)




● 初舞台 

赤腕少年が眠りから覚めると、まだピエロ姿のマナは傍にいたが そこは街の広場だった。
宣伝のビラ配りに来たのだという。
通行人が徐々に集まる中、少年を強引に巻き込んで マナのショーが始まった。


次回、マナと少年の大道芸が楽しみですが、人垣の中にはクロスもいましたね。
チップを渡しにくるシーンもあるのかな。
何より、小さな子供に「マナに近づくな」「貴様のせいだ」と鬼の形相で迫ったあたりの真意が知りたいです。


ここまで マナの記憶混濁の理由を全部アポクリフォスに押し付けてしまいましたが、「マナにイノセンスを近付ければ何が起こるか分からん」とも言われてましたから、本当にマナの脳内にイノセンスが入り込んで好き勝手できるだろうか?という疑問は残ります。
しかし赤腕少年の方にはそれが可能だったことを思えば そう無理な話ではないのかも…

クロスがイノセンスに関し“嘘”情報を吹き込まれていた可能性も無くはないですからね。
とにかく楽しみな次回です。



それでは今日ははこのへんで。
補足があったらまた来ますね。


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4 Comments

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キャンピー

Re: 「数年前の考察について」としてコメントを下さった方へ。

特にお名前を頂かなかったのでこんな呼び方になってしまいますがご了承を。

コメントありがとうございました。保留のまま1週間もお待たせして申し訳ありません。
これは初めての方にはどう説明をしたら…と悩んでいるうち時間がたってしまいました。


お答えをこのコメント欄にダラダラと書き連ねますと余計読みづらいことになりそうなため、あらためて次の更新記事でお返事させて頂きます。
あともう少し(7/29の『SQ.RISE』発売日前までには)お待ちください。

それでは一旦これで。

キャンピー

数年前の考察について

ノアメモリーの継承条件というか、ネアはイレギュラーだらけではありますが、継承方法は脳移植という明言はありません。
ですが脳移植前提な書き方をしておられます
ネアを除くノアメモリーの継承はランダムで、相性のいい個体から選別されています
アレン・ウォーカー、ネアの回想のアレン
双方の外観、年齢が全く噛み合って居ないのも、脳移植という方法をとっていない事の証明になるかと思いますがどうお考えでしょう

  • 2020/07/21 (Tue) 04:22
  • REPLY

キャンピー

Re: ドグレードさんへ。

ドグレードさん初めまして。
近頃ブログの閲覧に来てコメントを残して下さる方というのもめっきり見なくなりまして(しかも考察記事へのツッコミとか何年ぶりでしょう…!感激です)。

こういう考察は一人で完結していないで、どんどん新しい意見をもらってまた新しい解釈の発見に繋がれれば理想なんですよね~ 
よろしければ またいつでもお願い致します。


> 犬のアレンを……… どうしてそのような回りくどいことをする必要が

今回の考察がそもそも、「アポが弱体化した千年伯爵(マナ)をここでさっさと斃さないことへの疑問」が大元でした。
千年伯爵を斃してそれでイノセンス勝利で万事OKなら、それこそ アポがあちこちで記憶操作に励む必要すらなくなるのに何故実行しない?


では今あるだけの情報から推測してみます。
1. 悲劇の種をまいて、単にその経過を観察し楽しんでいる
2. 打倒千年伯爵の他にも別の目的がある ⇒ たとえば「アレン」の育成とか

とりあえず1.の方は置いときますがw 
今話でわざわざ意味を持って呟かれた「カルマ」という語が 2.へのヒントになるんじゃないか、という仮説を立てたわけです。


アポが初めてアレンの前に姿を現したとき発したセリフが、特に印象的でした。(22巻第203夜)
「愛情 友愛 悲哀 絶望」 「おまえほど でこぼこで深くイノセンスと結びついた者はいない」
「美しい使徒に育ったね アレン」

ここの「でこぼこ」という形容こそ、アレンの魂が無数に抱えた因果の素=「カルマ」に言及したものだろうと思いました。
カルマの蓄積が多い魂ほど イノセンスが良く育つ理想の苗床となるらしい(神田が強い理由も、おそらく同じことなのでしょう)。

だから、「回りくどい」と仰る一見無駄そうなファクターを多く挟むほど 実は“「アレン」を育てる”理想の環境になるんではと。


> 記憶操作で二人を親しい関係に

私が思うに アポクリフォスの能力では、直に“魂の絆を作る”ことまではできないでしょうね。

「記憶をなくさせる」ことも「別の記憶にすり替える」ことも(神田が第217夜で術を破ることにより好例を示してくれましたが)
本当の記憶の損傷やシナプスの繋ぎ替えなどではなく、精々イノセンスが脳に入り込んでマスキングする程度のことだったようです。
なので、神田の回復力に負けて剥がれ落ちると共に 元の記憶が戻ってしまいました。

ただし、アポも二人を親しい関係に持っていくため 可能な限りの環境整備はしていたと思います。

・ 犬のアレンを介在させたこともその一つ。
ラストで「悲劇が結ぶ僕らふたり」と言わせているように、“二人が愛情を寄せた犬”という共通項がなかったら あんな一気に二人の距離は縮まらず、またすぐ別れ別れになってしまったかもしれません。

・ また(先走った小説版の話になりますが)マナが大事な「弟」の存在を忘れたりしなければ、そしてアレン少年も自分が「アレン」であるという記憶をなくさなければ、二人の間に死後魂を呼べるほどの強い親子関係ができたかどうか。


> 召還

イノセンス側はあの時点で完全に二人の動きは捕捉できていて、いつでも好き勝手できる立場だったと思いますが(そもそもネアを引き込んでA.Wを作ったのはイノセンス側の計画だったうと考えています)、キーワードはここでも「カルマ」かと。

つまり行為の結果として蓄積される「宿命」」を狙ったものなら、本人たちを“自主的な行動”に向かわせる演出が不可欠ですよね。
偶然を装った二人の“再会”は決してゴールではなく、そこから始まる親子関係と 後のアレンに刻まれるであろう「マナの破壊」という深い心の傷を作ることこそが彼らの狙いだったと思うので。



まだまだ事実として提示されていない部分も勝手な想像で補ってしまったので、これを唯一の回答とはできませんが、今回はここまでですね。

もっと展開が進めば また新しいものが見えてくることを期待して。 
コメントありがとうございました。

  • 2020/06/20 (Sat) 18:29
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キャンピー

ドグレード

イノセンス側が、犬のアレンをマナに与えて、赤腕をマナに引き合わせたとありますが、どうしてそのような回りくどいことをする必要があるのですか?

赤腕がイノセンス側なら、アポクリフォスがマナのところに赤腕を送り込んで、記憶操作で二人を親しい関係にさせれば済むことですし。

赤腕がイノセンス側でなかったとしても、マナの記憶を操作して、アレンという名前の架空の人物に執着させれば、問題なくアレンの召喚条件を満たせるはずでは。

  • 2020/06/18 (Thu) 23:08
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